【社労士解説】2026年 未払い残業代リスクの最前線
労務管理の現場で「最大の時限爆弾」となっているのが、未払い残業代リスクです。2020年の民法改正に伴う賃金請求権の時効延長から数年が経過した今、2026年の労働現場では、過去に類を見ない規模の請求事案が多発しています。
そこで今回は、社労士の視点から見た「2026年現在の未払い残業リスク」の最前線と、経営を守るために見逃せないポイントを解説します。

この記事の監修者
近藤雅哉
(社会保険労務士 / インプル社労士事務所 代表)
社労士法人で最大35名のマネジメントを経験し、人事コンサルティングに特化した株式会社In-proveを設立。続けてインプル社労士事務所を立ち上げる。人事と労務の両面から中小企業の発展を支えている。
2026年、なぜ今リスクが最大化しているのか
かつて2年だった賃金請求権の時効は、現在実質的に3年となっています(将来的には5年へ移行予定です)。
この1年の差が、経営に与えるインパクトは想像以上に甚大です。
- 請求額の跳ね上がり
時効が1.5倍に延びたことで、一人の従業員から請求される金額が数百万円単位に達するケースが珍しくありません。 - 中小企業への「50%割増」の定着
2023年4月から、中小企業でも月60時間を超える残業代の割増率が50%に引き上げられました。2026年現在は、この「高い単価」での3年分の請求が本格化しており、一回のミスが会社のキャッシュフローを直撃します。 - 「デジタル証拠」の逃れられない精度
PCのログイン履歴、スマホのGPS、チャットツールの送信ログなど、労働審判ではこれらデジタルデータが「動かぬ証拠」として採用されます。もはやタイムカードを押させた後のサービス残業は通用しない時代です。
中小企業において未払い残業代が発生するのは、単に社長が「払いたくない」と思っているからだけではありません。むしろ、中小企業特有の経営構造そのものに、未払いが発生しやすい落とし穴が組み込まれているのが実態です。
そしてその構造的課題を放置することで起きる倒産リスクは、社労士として見逃せない社会課題だと捉えています。

収益構造の課題は、下請け構造と「調整弁」としての残業
多くの中小企業はサプライチェーンの下位に位置し、価格決定権を十分に持っていないことが多いでしょう。
- 「ノー」と言えない納期設定
親会社や顧客からの急な発注やタイトな納期に対し、人員を即座に増やすことは不可能です。結果として、既存の従業員の労働時間を「調整弁」として使うしかありません。 - 薄利多当のビジネスモデル
人件費を1分単位で厳密に計算して支払うと、利益がすべて吹き飛んでしまうような収益構造になっているケースがあります。 - 「外注費」感覚の欠如
人を雇うコストを「固定費」と捉えがちで、労働時間が増える=「変動費(残業代)が爆発的に増える」というコスト意識が現場レベルで浸透しにくい構造があります。
組織構造の課題は、人事労務の専門家が不在なこと
大企業には人事部がありますが、中小企業の多くは、社長やバックオフィス担当者が人事・営業・経理を兼任することが多いでしょう。そのため以下のような課題も発生しがちです。
- 法的知識がアップデートしにくい
法改正情報のキャッチアップは専門家以外には難易度が高く、2023年の割増率引き上げや、現在の「3年分」という時効の重みを、実務レベルで正しく理解・反映できているケースは稀です。 - 勤怠管理があいまいになる
出勤簿や自己申告制など、客観性の低い管理が続いていると、いざトラブルになった際に「会社側に反論できる証拠がない」という構造的な弱さが見えてしまいます。
制度解釈の課題は、「定額残業代」という名の免罪符
中小企業で最も多い構造的な勘違いが、手当による残業代の相殺です。
- 「手当を払っているから大丈夫」の罠
役職手当や営業手当に「残業代が含まれている」という運用があります。しかし、法的には「何時間分か」を明示し、超過分を別途支払う必要があります。 - 実労働時間との乖離
定額残業代 < 実労働時間分の計算額となっている場合、その差額はすべて「未払い」となります。この計算を毎月行う仕組みがないことが、未払いを常態化させます。
※2026年現在、これが過去36ヶ月(3年)分積み上がるため、一人あたり数百万円の請求になる構造です。

心理構造の課題は、家族経営的な甘えと不信
少人数の組織ゆえの「密な関係性」が、逆にリスクを隠蔽・増幅させてきた事例も、数多く存在します。
- 「阿吽の呼吸」への過信
社長は「みんな納得して働いてくれている」と思い込み、従業員は「今は言えないが不満を溜めている」という心理的ギャップが生まれがちです。 - 権利意識の変容
2026年の労働市場では、SNSやネットで権利を学ぶのが当たり前になっており、「うちは家族だから」という情緒的な理屈は、法的な場では1ミリも通用しないという構造的ギャップが存在します。
【重要判例】「固定残業代」が否定されることもある
中小企業の多くが採用している「固定残業代(みなし残業)」制度ですが、近年、その有効性を巡る裁判で会社側が敗訴するケースが相次いでいます。
【参考裁判例】熊本総合運輸事件(最高裁第二小法廷 令和5年3月10日判決)
事案の概要
トラック運転手に対し、基本給の一部を「調整手当」として支払い、それを残業代に充てると定めていたケース。
判決のポイント
最高裁は、手当が「時間外労働の対価」として支払われていると言えるためには、「通常の労働時間の賃金」と「残業代」が明確に判別できることが必要であると示しました。結果、このケースでは「調整手当」が残業代として認められず、多額の未払い残業代の支払いが命じられました。
出典: 最高裁判所判例集(事件番号:令和4(受)1042)
この判決は、2026年現在の人事労務において重要な事例です。契約書に「〇〇円は残業代を含む」と書くだけでは不十分であり、厳密な計算根拠と運用がなければ、支払っていたはずの残業代が「すべて基本給」とみなされ、二重払いを強いられるリスクがあるのです。
対策を怠ったとき、会社が失う「3つの資産」
未払い残業代問題は、金銭的な損失だけでは止まりません。
裁判で悪質とみなされた場合、未払い額と同額の「付加金(ペナルティ)」の支払いを命じられることがあります。つまり、本来の2倍の額を支払うことになります。
付随して、社会的信用の失墜も起きるでしょう。SNSや口コミサイトで「あの会社は残業代を払わない」と拡散されれば、2026年の厳しい採用市場において、新しい人材を確保することは困難になります。
そして一人が請求に成功すれば、他の従業員も追随します。不信感はウイルスのように広がり、組織のエンゲージメントは崩壊します。
社労士事務所と共に打つ、2026年の防御策
インプル社労士事務所は、このようなリスクを回避するための取り組みを提案しており、特に「ルールの再定義」から着手していただくケースが多くあります。
- 固定残業代制度の見直し
現在の契約書や就業規則が、最新の判例に照らして有効かどうかを精査します。 - 客観的な打刻管理の徹底
マネーフォワード等のクラウドツールを活用し、「実労働時間」を1分単位で把握できる体制を整えます。乖離がある場合は、放置せず即座に指導・修正する仕組みを構築します。 - 「管理監督者」の範囲の見直し
名ばかり管理職になっていないか、法的な要件を満たしているかを再確認します。
未払い残業代は、起きてからでは手遅れです。しかし、今すぐ適切なルールを整備すれば、将来の損失を未然に防ぐ最も利回りの良い投資となるはずです。

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